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    戦艦の最後

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    戦艦陸奥
    出展 ウィキペディア
    大和がもともとは極秘の存在としての戦艦であったことから、長門と陸奥が大日本帝国海軍において、表向きの日本の力の象徴として広く国民に愛された艦であった。

    ただ、この陸奥だが大平洋戦争において多くの艦が戦闘で沈没しているなかで、この艦は沈没した理由が大変特殊であることで知られている。なんとこの陸奥だが広島湾に停泊中に謎の爆発事故を突然おこし、戦わずして柱島沖で爆沈してしまったのだ。

    三番砲塔〜四番砲塔付近から突然爆発を起こし、あっと言うまに沈没したといわれている陸奥。
    乗員1474人のうち353人しか生存者がおらず、死因の殆どが爆死といわれる凄惨な爆沈事件。国家にとって力の象徴であるこの艦が戦わずして爆沈したことは国民には隠ぺいされ、死亡した乗員の家族には死亡後も生きていることを装うために給料を払い続けたという話も残っている。

    この爆沈、ただの事故ではなく、意図的に引きこされた事件である可能性もある。今回はこの爆沈の理由にかんしていくつかある説をご紹介していきたい。
    【"隠ぺいされた爆沈事件の犯人は誰だ?"大和より愛された戦艦 陸奥の最後】の続きを読む

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    島風
    出展 ウィキペディア
    大日本帝国海軍にて大海原を高速で駆け抜け、爆撃や魚雷を華麗にかわした駆逐艦がいた。
    その名は島風。出力79,240馬力において40.90ノット、魚雷艇を除いた最速の艦艇である。

    第二次ソロモン海戦をはじめ多くの数多くの海上護衛任務に参加した島風の最後の時を紹介する。 【大海原を疾風の如く【駆逐艦 島風の最後 壮絶かつ悲痛な死】】の続きを読む

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    1024px-Japanese_Battleship_Nagato_1944
    出展 ウィキペディア
    戦艦といえば大和・武蔵が良く知られているが、戦中は戦艦長門が連合艦隊旗艦として大日本帝国海軍の代表的な戦艦だったことはご存じだろうか?なぜ大和や武蔵よりも代表的だったかというと、そもその大和と武蔵は戦中は極秘の存在であって、あまり知られていなかったためだ。

    そんな長門だが、ご存知のとおり太平洋戦争においては大艦巨砲主義がすでに時代遅れとなっており、空母による航空戦力がメイン戦力となっているなかで、レイテ沖海戦などに参戦をするものの活躍をすることができなかった。

    戦争の終盤で大和、武蔵などが沈没するなか、長門は横須賀で空襲を受けて中破。ただし沈没することはなく終戦を迎え、太平洋戦争を結果的に生き抜いた。
    そんな長門が終戦後、劇的で衝撃的な最期を迎えていたことをご存じだろうか? 【太平洋戦争を生き抜いた【戦艦 長門の衝撃的な最期】】の続きを読む

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